読書感想文・寺場糸「僕はライトノベルの主人公」
最初に忠告しておこう。
この文章は、角川スニーカー文庫から2024年12月1日付けで刊行された、寺場糸氏による「僕はライトノベルの主人公」という小説の感想文という位置づけで書かれているものだ。
ゆえに、この文章を読み進めることで、必然的に本書の内容を知ることになるわけなので、本書を未読で、かつ、これからまっさらな精神で──つまりネタバレのないフラットな気持ちで本書に臨もうと思っている面々におかれては、ここでそっとブラウザを閉じることを強くお勧めする。
そう、特に、本書は、帯のキャッチや背表紙のあらすじにあるように、メタフィクションであるがゆえに、当然にして本文の展開も、メタメタな、ある種の爽快感さえ覚えるような驚きをもって迎えるべきものであるからして、ここで、このようなどこの路地裏に殴り書きされたかのようなもので先に結末を、いや結末とは云わないまでも途中の展開を知ってしまうこt
「うるせぇーんですわ! いつまでもぐだぐだと文字通りの駄文を垂れ流しているんじゃねぇーんですわ」
……とんでもない介入をしてくる登場人物もあったものだ。
読者諸氏に状況を説明するならば、今、筆者の目前では、PCの画面からぶっとい針が突き出されている。
画面……いや、紙面と呼ぶべきだろうか、とにかく《物語》の側にあっては、改造ブレザーに赤毛の少女が、手にした巨大な針を虚空に突き立てていて、その切っ先が次元を超越して、筆者ののど元に迫って……、いや、さすがにそれはないか。
「まったくだ、薔薇園まりあ。少しは考えて行動してくれ。いくら我々が《物語》の登場人物であって、それを自覚して動けるとしてもだ。できることはせいぜいページの記述に介入するか、よくて紙面をワープする程度のことに過ぎん。まさか、《物語》の外側に、まして物理的に干渉することなど、まぁ妄想の中ででも度が過ぎるというものだ。そうだろう?」
「ふん、いつまでもいつまでも自分語りが尽きない三人称視点に、今紡がれようとしている《物語》の本質を見失わないよう釘を刺そうと思っただけですわ」
『釘っていうか、なんか違うものだったような気がするです』
「似たようなものだった気がしますけれど……まぁ、いいですわ。それで、ここはいったい何ですの?」
何と云われてもね。
『三人称視点にとぼけられても困るですよ』
「そうだな、鈍感を気取るのは手塚公人だけで十分だろう」
まぁ……なんというか……、君たちが望んだから生まれた世界、あるいは《物語》といったところだ。
「はぁ? わたくしは自分の人生が続くために本編の完結を迎えて欲しいと願いはしましたけれど、別に……あ。」
思い出してくれたかい?
『235ページ、後ろから2行目なのです』
「なるほど、文字通り、寝る前の妄想としてか」
「わざわざ活字に起こしてくれとまでは……云った覚えはないのですわ」
ははは……、薔薇園まりあのそんな顔が見られただけでも、こうやって活字にした甲斐があったというものだ。
「~~~! イラストがついてねーんですから、わざわざいちいち字にするんじゃねーんですわ!」
『……本編中であまり見られなかった顔なので思わず画像を保存しちゃったですが、恥ずかしさと嬉しさと困惑とそれらを押し殺したのが混ざりに混ざってこれは……』
「うむ……」
おいおい、君らが追い打ちをかけるもんだから、薔薇園まりあが顔真っ赤にして俯いて……あれ、これ、めっちゃ怒ってる?
「まぁまぁ、薔薇園先輩、いざという時には初めから書き直してしまえば、全部なかったことになりますから」
「いやいや、高嶺さん、この領域はもう高嶺さんの能力の手が届くところじゃないんじゃないかな」
おお、やっと主人公とメインヒロインのご登場かい、随分と遅かったじゃないか。
「好きで遅く出てきたわけじゃない。そこは、僕らの領分じゃない。《物語》は登場人物が紡ぐものとはいっても、プロットという土台がある以上、それには引っ張られるさ。そのプロットは誰が書いてるのかって話だよ」
そこにいる高嶺千尋じゃないのかい?
「私?」
「いや、違うから……。今のこの《物語》に、もう高嶺さんの能力は届かない。だって、これを書いているヤツは、もう寺場糸っていう僕らの作者ではないからだ」
『そうなるですね。ミカコたちの《物語》が、刊行された以上、本のエピローグを終えて、何ならあとがきを超えてなお惰性で続くミカコたちの人生は……、それを紡ぐ人によって描かれることになるです。それはもう、パラレルワールド仮説のように読者の数だけ存在することになるですよ』
「そして、その一つが、そこの三人称視点ってわけさ」
『ミカコから見てる分には……、本当にそろそろ寝ないといけないのに終わりを見出せなくていい加減どこで切ろうか悩んでいるように見えるですね』
「……わかるわ」
「そうだね、物語は、完結させるのが一番難しい」
「本当、身に染みるわね」
「でも僕たちは、完成させた。それの読書感想文を書こうっていうんだから、この三人称視点もそこの落としどころぐらいは考えて書き始めたハズだ。そうだろう?」
いや、どうかな。
「どうかなじゃねーんですわ。いい加減終わらせてくれないとまだ腹の虫が収まらねーんですのよ」
「そうだな、適度にダレてきたところだ。とっとと本文の感想でも吐き出して、いったん締めてしまうのが良いだろう」
わかった、わかったよ。
そうだな……、うん。
手塚公人。君は、バニースーツには網タイツのほうがいいと云っていたが、私はむしろ黒タイツが好きでね。そういった意味では表紙イラストが一番グッときた。
『サイテーなのです』
「ただ性癖を吐露しただけのクソ感想文ですわ」
「我が主をそのように見る邪な目など先ほどの薔薇園まりあの刺突でそのままつぶしておけば良かったわ」
「~~~」
「高嶺さん、そこ照れるところじゃないからね」
C104当選しました
300日弱も放置しておいて書くことがコレかよ、って気がしないでもないですが、いやむしろブログ再開のきっかけとしては最適解ではあるまいか?
とはいえ、百人一首も折り返しを目前のところまで来ているのでちゃんと再開したいですね。
さて、それはさておき、C104、いわゆる夏コミ、当選しました。
といっても、個人サークルである「桜月傘」のほうではなくて、友人であるサンゲツ氏との合同サークル「e川茶房」のほうです。
主宰はサンゲツ氏、私は書き物担当といったところでしょうか。
諸般の事情により、「桜月傘」名義でのイベント参加は停止しておりまして、当面は「e川茶房」名義での参加となりますので、引き続きご愛顧下さい。
新刊予定は、いつもの「おとぎの国の安全保障概論」の4弾目、今回はシンデレラです。
ガラスの靴って相当怖いと思いませんか?
そんな疑問から始まった物語です。
果たして、シンデレラは無事に幸せをつかむことができるのでしょうか?
雑に読む百人一首 #44
44番 中納言朝忠
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
逢うことが絶えているので、逢えなくなって、ですよね。
絶えて-しなくは なのか 絶えてし-なくは なのか。どっちで切る言葉なんでしょう。
人っていうのは相手の女性で、身っていうのは自分のことでしょうか。どっちをも恨んでしまう、みたいな。
逢えなくなって、あの人も、自分自身をも、恨んでしまう……とかそんな感じでしょうか。
さて……今回のは難しいですね。
絶えて-し-なくは、~まし なんですねコレ。しかも「絶えて」は途絶の意味ではなく、絶対に、の意味で、「し」で強調。全体で「絶対ぜーったいないのなら~~しないのに」という意味。
「なかなか」も、「なかなかいいねぇ」じゃなくて「なんか、中途半端……。ないほうがいいよ」的な否定的ニュアンス。
「人をも身をも」は、いい感じに解釈できてましたが「相手の不実も、それによる自分のつらさも」という感じ。
全体で、「逢うことが二度とないのであれば、こんな中途半端にあの人や自分を恨んだりすることはないのに」となって、なんというか、……重いよ。
この記事は次のサイトを参考にさせて頂いています。
雑に読む百人一首 #43
43番 権中納言敦忠
逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり
え、これって……、そのまま読めばいいんですかね?
あの人に逢って見てしまって以降、心が揺さぶられまくっているよ。
それに比べれば、ホント、以前はなーんにも心に感じてなかったんだなぁ……。
ですかね?
恋の病じゃないですか?
おっと、答え合わせをしてみたら、少しニュアンスが違いましたね。
逢ひ見て、っていうのは、単に一目見てとかではなくて、もう逢瀬だし何なら一線を越えてひゃほーいしちゃったという意味なんですね。うーん、分かるか!
いやー、お泊りデートしちゃったら、更にドキドキが募っちゃったよ、これまでの恋心なんて何も考えてなかったのとおんなじだわこりゃ……、っていう感じだそうです。
なんか、何度も同じこと言ってますが、本当、平安朝の時代から人って変わってないですね。
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雑に読む百人一首 #42
42番 清原元輔
契りきな かたみに袖をしぼりつつ 末の松山 波越さじとは
おおう……、さっぱり分かりませんね。
契るってのは、約束のことですよね。「きな」は「来な」でしょうか。約束して来たのに「かたみに袖をしぼりつつ」?
約束したのにいねーじゃん!? みたいな? 袖をしぼるっていうのはどういう状況なんですか。袖をしぼれるぐらい涙がちょちょぎれるってことですか?
そして「末の松山」ですよ。泣きまくった末の、松山……愛媛じゃねーよなぁ
松山で波が越える……越さじ、だから越えないのかな。
さて、答え合わせですが……、おっと、割と悪くはないですね。
「きな」は物理的に来るとかじゃなくて、契ってきたのに=約束したのに、ってことだそうです。
袖をしぼるというのが涙ちょちょぎれるってのは合ってましたよ! かたみが「互いに」っていうのはちょっとわかんなかったですね。
末の松山は、普通に場所を指す言葉で、そこを波が越えることなんてない=絶対にないことを表すとのこと。
で、全体で、お互いに泣きはらして絶対に心変わりしないと約束したのに……したのに……、となるようです。
まぁ……、そういうこともあるよね、うん。
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雑に読む百人一首 #41
41番 壬生忠見
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか
なんか1個前のも、人知れず(いえ駄々洩れでしたが)みたいな歌でしたけど、人知れず思っている歌です、また。
はてさて、でも、前半は何でしょうか。
恋すてふ……すてふって何。わが名はまだき……まだき……名が立ってるとは。
思いそめ、の「そめ」は、書初めとかの初めなんでしょうかね。思い始めた、みたいな?
人知れず、ちょっと恋かもしれないとか思ってみたりなんかしちゃったりして、でもこれって本当に恋かしらん!?
って感じでしょうか。
はい、違いましたー。
「まだき」っていうのは、もう既に、っていう意味だそうで、恋しちゃってるって私の名前がもう話題に上っちゃってるー! まだこっそり想い始めたばっかりなのに!
ということでした。
つまり、やっぱり駄々洩れってことですよね。
なお、冒頭で、40番と似てない? って書きましたが、そのものズバリで、同じ歌会でのお題で競った歌なんだそうです。
平安朝……今から1000年以上も昔の歌会でのお題で競い合った歌が、こうして現代に残って百人一首に仲良く並び立っているのって、なかなか面白いですね。
これが……恋ってやつでしょうか(違います
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雑に読む百人一首 #40
40番 平兼盛
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問うまで
どうやら110日ぶりの記事のようですが、さすがにここまで40近く読んできてるとなんとなくわかってきますよ。
しのぶれど色に出でにけり……、しのんでないじゃん! 出てきてるじゃん!
て気もしますが、たしか「けり」っていうのは強調なので、兼盛さんの恋はもう隠しきれないぐらい溢れて出てきてしまうわけですよ。
そりゃあもう、「何もの想いに耽ってんの? 大丈夫?」って、人に問われてしまうぐらいに。
恋の病ってやつですかね。
月まで届くよな遥かな行列に数多の患者が問い集う蓬莱の診療所ー、ですか。
こちらのサイトを参考にしています。